フランス(ヨーロッパ)の歴史

南西地方の歴史

南西地方

南西地方の歴史

南西地方はぶどう栽培がボルドーの方まで広がっていく過程で通った産地です。

ボルドーの発展はビトゥルカというカベルネの祖先の誕生が重要な転機です。ビトゥルカは詳しいことはわからない品種ですが、地中海あるいはスペインの方からもたらされた品種と言われています。

どちらにせよ、ローヌ付近が限界であったぶどう栽培が西側に広がっていくのに貢献した品種であり、ボルドーより前に南西地方で栽培されていたはずです。

ぶどう栽培の環境としては当時はボルドーより南西地方の方が優れていたのではないかとすら思います(ボルドーは湿地帯で、今のような発展をするのは大分先のことで、オランダ人が干拓技術を伝えてから)

ボルドーの発展はイギリスとの関わりの中で強化されたものです。南西地方のワインは、奥地のワインと呼ばれていて、ボルドーが優遇される時代が長く続くこととなります。

一部の銘醸ワインはイギリスやフランス宮廷でも愛飲されていたようですが、この不遇の時代が地場品種を守り、南西地方ならではの素朴で滋味深い味わいを形成したとも言えます。

南西地方はスペインの聖地、サンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼路が2本通っていますし、不治の病が治るというルルドの泉もあり、カトリックにとっても重要な地域となっています。

中世には、キリスト教の中で異端とされたカタリ派の勢力が強かった地域でもあります(12c頃から)

カタリ派は、活動の中心地アルビの名前をとってアルビ派(アルビジョワ派)とも呼ばれます。

これを討伐するため、アルビジョワ十字軍が組織され、14cにはカタリ派は消滅することとなります(その後のアルビはカトリックの街として発展)

アルビの近くのライヨールは、ソムリエナイフで有名ですね(ラギオール)